海にかかる橋

娘は、幼児の時期に大人しい子から活発な子という真逆のタイプ(細かく分けると3タイプ)に激変しました。乳児の頃から、とにかく「大人しい子」というレッテルが周りから貼られるほど大人しく、活発なお子さんのママさん方からは羨ましがられるほど。でも、大人しい子を育てる母としては、周りの子と活発に遊ばない娘がとても心配でした。

その大人しさはどこへやら。2歳半頃になり、周りの子が絵本や紙芝居の読み聞かせでは集中して座っていられるような頃に急に活発な子に激変。それまで活発になることを願っていた私でしたが、活発になったら、それはそれは大変で大人しい頃を懐かしく思ったものです。まさにないものねだりですよね。

あまりの変貌ぶりに、親である私の気持ちやフットワークも追い付かず、慌てふためいたのを覚えています。でも、これは我が家に限ったことではなく、特性を抱えるお子さんにはよくあることだそう。

ということで、1つの例として子どもがどんな風に変わっていったのか、まとめておこうと思います。

2歳半頃までは「大人しい子」

おもちゃで遊ぶ子供

赤ちゃんの頃から2歳半頃までの娘は、もっぱら「大人しい子」、「静かな子」と言われていました。よく、自閉症スペクトラムのお子さんには、3タイプ(孤立型、受動型、奇異積極型)があると言われていますが、そのタイプで言えば、2歳半頃くらいまでは周りに一切関心がなく、独りを好む、孤立型だったと感じます。

一人遊びばかりでおもちゃも舐めない。1つの場所にお地蔵様のように居座り、同じおもちゃをずーっと眺める感じでした。もちろん、他の子との関りはないのでおもちゃの取り合いもなく平和。自分が持っていたおもちゃを、他のお子さんに取られても怒ることもありませんでした。

そんな娘の様子に保育士さんや、他のママさん方からは『手がかからず、大人しい子』と言われ、活発な子の対応に追われているママさん方からはひたすら『うらやましい!』と言われていた記憶があります。

一方、私(母)はというと、あまりに大人しく、人の呼びかけにも反応しない、お友達とも遊ばない我が子に不安でいっぱいでした。穏やかな気分では決してなかったのですが、娘が2歳過ぎたあたりから徐々に変化し、全く別の大変さを味わうことに!

2歳半頃から「大人しい子」から「活発でじっとしていられない子」に激変!

遊具で遊ぶこども

それまでは、とにかく静かで大人しいと言われていた娘ですが、2歳過ぎたあたりから、徐々に手を焼くようになりました。それまではじっと座っていられた絵本や紙芝居の読み聞かせも座っていられなくなり、絵本に集中することも出来ないほどに。

周りの物に興味を抱くようになり、その興味に応じて動きたい、触りたい、見に行きたいという欲求が生まれたと考えると、ある意味「成長」ということなのですが、母としてはそれまで楽だった分、大困惑。赤ちゃんの頃から見守ってくださっていた保育士さんからは、「急成長ね。」とか「色々と機能が整ってきたから興味が湧いてきたのね。」と言われていましたが、周りを見ると他のお子さんと変化の仕方が真逆に思えて更に不安に駆られましたね。

周りのお子さんは、魔の2歳児でママさん方がとにかく手を焼いていたような子も落ち着いて座る場面(紙芝居や絵本の読み聞かせ)では興味津々にじっと座っている様子が見られたんです。理解力が上がったことで、絵本や紙芝居を楽しんでいるという感じに見えました。

一方、娘は絵本や紙芝居の読み聞かせの場面でも、心ここにあらず。絵本や紙芝居の方を見ることも出来ず、とにかくじっとしていられない。他の目に入るものをめがけて動こうとする感じでした。私の呼びかけも耳に入らない様子で、指示も通らず、娘を制するのに汗だくになっていたのを覚えています。

このあたりから、彼女の動きが止まらなくなりましたね。座っていられない、じっとしていられない!そして、3歳直前の園見学会で、園の先生に言われた一言に衝撃を受けたのを覚えています。その一言が、「すごく活発なお子さんですね~!」あまりの衝撃に驚きました。だって、それまではずっと「大人しい子ですね。」って言われていたのですから。「うちの子、活発なんだ。」その時初めて、娘の変化を真に受け入れた気がします。

5歳頃から「活発で積極的な子」へと更なる変貌を遂げる!

子どもの会話

年少、年中の途中頃までは、人への興味はほぼなし。というより、人は恐怖の対象という感じで、人を見れば耳を塞ぐほどだったんです。現に、目の前にいる保育士さんに名前を呼ばれても気づかず素通り。目も合せられませんでした。それくらい人への関心は薄かったんです。

それが、5歳頃年中後半あたりから年長児に向けて人に関心を持つようになり、活発に加えて「積極的」という表現がしっくりくるようになりました。

これだけを聞くと「成長ね!」とめでたい話に聞こえるのですが、そんな甘いものではなく、この積極性には心底頭を抱えました。そもそも人への関心を抱く時期や言語の発達が遅れていたので、人への関りがとてもユニーク(→良い言い方をしてみました)だったんです。

例えば、少し遠くに同年代の知らない子がお母さんと一緒にいるとすると、急にその子めがけて衝動的に駆け出してしまい、その子の顔に自分の顔を近づけて覗き込み「お名前何ていうの?」と突然聞くのです。ここまでは、相手に驚かれながらも、人が好きな子なのねという感じで笑顔で名前を教えて下さる方も多く、これだけなら可愛い一幕で終わるのですが、その1分後にまた「お名前何ていうの?」同じ質問をし、その場を強引に離れない限りずっと同じ質問を繰り返してしまいます。

そうなんです、彼女にとってようやく人と関われる手段(言語)が「お名前何ていうの?」という言葉だったんです。それ以外のレパートリーはない!w なので、娘にとっては名前を実際に知りたいわけではなく、その一言を発することで人と関わっている感覚を味わっていたんですよね。

そうなるとですね、最初は笑顔で対応して下さっていた見ず知らずの親子も表情が曇ってくるわけです。名前をすでに答えているのに、しつこく「お名前何ていうの?」を繰り返すわけですから。お子さんの中には、しつこさに嫌がる子もいて、まあ気まずかったですね。諭すことで娘が分かるわけもなく、娘本人は関われる喜びを感じて満面の笑み状態、その場から引き離すのが本当に大変でした。

こういう状態がしばらく続き、園でも年長時はお友達関係のトラブルが最も多かったです。自分が好きな子には、関わりたいという思いから自分流のユニークな関わり方をするのですが、相手は嫌がるという感じで、まぁ悩みました。

これは今となっては遥か昔のことのように思え、「そんなこともあったな」と思えるようになったのですが当時は本当に大変だった記憶があります。

では、その後娘はどうなったのか。また大人しく変貌したのか、それとも変わらずなのでしょうか。

小学生になったらどうなった!?

ランドセル

先に結論から言うと、活発&積極的というキャラクターを残しつつ、中・高学年になると恥じらいや知らない人へは人見知りなども見られるようになりました。

以前のような一般社会の中で許容できない活発&積極性という感じではなく、どんどんと許容範囲内に収まっているという感じです。療育や家庭内療育、児童デイ、そして実際の学校生活を通してソーシャルスキルを学び、少しずつ関りを学べたこと、そして理解力も成長と共に増したことが大きいように感じますね。

以上が、「発達障害、大人しい子から活発な子へ激変!リアルな変化の記録。」でした。

特性を抱えているお子さんの中には、娘のように「大人しい子」から急に「活発な子」に変化する例が結構あるそうです。親としては最初が楽だった分、急に手を焼くようになりどうしたものかと思い悩むと言いますが、それはまさに私でした。何度発達相談に行き、泣いたことか!w

でもそんな娘も、成長し、年齢が上がるにつれて関りを学び、理解力が上がることで落ち着いていきました。

今まさにそんな悩みの渦中にいるという方も多いのではないでしょうか。そんな方にとって我が家の例が少しでも見通しを持つ機会となり、ストレス軽減へと繋がれば嬉しく思います。応援しています。

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